歌うことが好きだ。今、学校内でこぢんまりとであっても、色々な形で人前で歌うことができる環境に恵まれてとても幸せだ。だから5月の学祭の有志の発表にもサークルの発表にも参加し色々練習している。けれども、いざ、試験ではなく、お客様(学祭の発表にお金はかからないけれども、わざわざ移動の時間を割き会場まで足を運び、座席に座ってくださる、それだけでれっきとした大切なお客様だと思っている)の前で歌うとなると、自分の歌にはお客様に何かを訴える力が全然足りないということに気がついた。そもそも自分が、上手く歌わなければということばかり考えてしまい、変に緊張したりと空回りしている。受験生の頃から私は、それなりに歌は歌える、ということになっていた。でもその基準とはおそらく、正しい音程で正しくきれいに歌うことができる、というだけのことだった。今まではただ個人的にレッスンに通い、披露する場は数人のプロの先生方の前で歌う試験だけだった。よく歌のレッスンに通ったけれども、いくらきれいなだけのつまらない歌だと言われても、どうにかしようと思いつつも胡座をかいているところがあったし、例えいくらいい歌が歌えたとしても披露する場はゼロだった。何を歌おうがいつも自分の中で消化して終わり。それが今になって、人前で歌うという必要に迫られてやっと大きな壁となって眼前に迫ってきた。

歌に対してダンスは、受験生の頃から、いや三歳くらいにバレエを始めた時からずっと苦手意識を持ち続けていた。けれど舞台上で下級生がやることといえばひたすらダンスなのだ。ひとつのダンスの場面を全員で何度も繰り返して精度を上げていく自主稽古が各場面ごとに何回もあった。また私には、数え切れない程の方々がお稽古中に手取り足取り個別に教えて下さったりもした。自他共に、私のことは踊れない人と認定しているので、皆さん長年研究し培ってきた様々な魅せ方やテクニックなどを出し惜しみせず本当に沢山教えてくださった。しかも、公演が始まれば毎日何千人ものお客様の前で一回ないし二回踊るのが約1ヶ月続くのだ。場数を踏め、とよく言うけれど、場数で言えば歌とダンスではダンスの方が圧倒的に多い。というかほぼ0対100といったところ。それでもさすがに幼少期から持ち続けている苦手意識が解消することはなかったし大したことは何もできない。でもそのかわり歌と違って変なプライドもなく、舞台に上がれば最善を尽くすのみだった。毎公演、舞台に出るからには客席にいらっしゃるお客様のどなたかたった一人でもいいから、必ず何かポジティブなメッセージをお伝えするのだと全力を尽くしていた。誰もがそれぞれの苦しみを背負って生きている。もしかしたら苦しみのど真ん中の方もいらっしゃるかもしれない。でも生きてさえいれば、いいこともあるんだ。私もまたこうして舞台に戻ってこれて最高に幸せなんだと、そんなことを全身全霊でお伝えしようとしてきた。時々お客様から、元気が出ました、自分も仕事を頑張ろうと思いました、などと書かれたお手紙を頂いた。想いは伝わるんだと、この上なく嬉しかった。これぞ「冥利に尽きる」ということだとつくづく思った。

そんなことを思い出していると、自分に歌でそれができないはずはないと思えてきた。まずは、歌においても自分は何かを伝えられると信じることだ。私は歌うことが好きなんだ。いつか大劇場で一人で歌う日が来ることを夢見て6年間しがみついてきたのだ。その夢は叶わなかったが、私は何らかの形で歌によって人生を切り拓いていく。退団してやっと、自由に人前で歌うことができるようになった。私の歌人生はここから始まる。