カヅラカタ歌劇団21期秋の本公演「エリザベート」どうにか無事に終了した。この公演でダンス指導7作品目、歌の指導3作品目になる。私はエリザベートという作品を子どものころからよく観ており、2002年花組公演に至っては何度大劇場に通ったかわからない(父が大鳥れいさんのファンだったので何度も連れて行ってもらえた)し、ライブCDを車の中で数えきれないほど聞いたので、歌と台詞がだいたい頭に染みついている。一時、父の運転する車に乗ると、みどりさん(大鳥さん)の「私だけに」が大音量で延々とリピートされ続けていた時期もあった。私にとっての「エリザベート」は2002年の花組版であり、シシイはみどりさんであった。また、宝塚版だけではなくウイーン版を梅田芸術劇場で観たり、東宝版も名古屋で観られるたびに観たりと、好きな演目なのである。だから今期のカヅラカタの演目が決まったときはとても嬉しかった。

 私の話はこのくらいにして、カヅラカタ21期秋公演を団員達が作り上げていった様子を、具体的に挙げていけばきりがないが、かいつまんで書いていこうと思う。

多くの方がご存知だと思われるが、この演目は特別歌が多い。しかも、あまりにも有名な作品なので、楽曲の流れを知っている人の割合が他の作品に比べておそらく圧倒的に多い。

顧問の久田先生も書いておられるが、まず最初の課題は、シシイの歌をどうするかだった。20期秋公演「ポーの一族」が終わりしばらくして、来期エリザベート説が浮上したときからそれが気掛かりだった。今年の演目の決まり方はちょっと特殊で、高二4人がそれぞれ主要キャスト4役にぴったりはまりそうだからこの演目にしようという話になったわけで、オーディションの前から高二の配役はほぼ決まっているようなものだった。オーディションは、その先入観を極力なくして配役を考えるため、久田先生の発案により高二4人全員が4役のオーディションを受けることになった。結局のところ予定通りの配役に帰結したわけだが、久田先生と赤川先生と私は配役を決定するまで結構悩み、話し合った。中3の春公演でもヒロインを演じ、ほぼずっと娘役を通してきて今年の春公演もトップ娘役を務めた田中碧君をエリザベート役にしたいが、彼は裏声があまり出ない。一般的な男声の音域は良く出る。高音が出せる他の子をシシイにして田中君を男役にするか。それならどの役にするのか。などと散々話し合った末、やはり他の配役は難しいという話になり。私は久田先生に「2幕以降の歳を重ねたシシイは低い声でいいと思うから、最初のほうの若い頃の歌だけでも、なんとかならない?」と聞かれ、「なんとかします」とお答えして、配役が決まった。

エリザベートの代表的な歌はおそらく皆さまご存知の通り、1幕中盤で歌われる「私だけに」であり、このときのシシイは16歳である。お稽古が始まると、周りの大人の間ではこの曲を「宝塚版の1オクターブ下で歌ったほうがいい」という意見と「この曲だけでもどうにか裏声で宝塚と同じキーで歌わせたい」という二つの意見に分かれた。カヅラカタだからというこだわりを抜きにして、彼の音域から最適解を客観的に考えられる人は前者である。対してカヅラカタをある程度よく知っているが故に、娘役トップの子はファルセット(裏声)で歌ってほしいと願ってしまうのが後者であり、私がその代表格であった。

カヅラカタ4回目のエリザベートということで、スタッフ陣にはそれなりに思い入れがある。1回目のことはわからないのだが少なくとも2回目と3回目の公演では、シシイ役の子は女声の音域で歌っている。また、「私だけに」はミュージカル好きの方々には有名すぎる曲であるから、これを男声の音域で歌った場合、聴き手がまず感じるのは「違和感」だと思う。カヅラカタを中1から続けてきた彼の5年間の集大成となるソロ曲を、できることなら女声のキーで歌い上げて拍手喝采されてほしい。少しでも可能性があるなら出来る限りのことをしようと、男声の裏声を鍛える方法を片っ端から調べたり、自分の知る限りの高音を出すトレーニングを色々試してみたりした。彼の必死な努力により、配役決定の後1ヶ月で少し音域が広がったが、「私だけに」を歌い切るのは到底難しい状況だった。私は顧問の先生に相談の上、本人と保護者の方の同意のもと、世界的に活躍されているプロのカウンターテナー(女声に相当する高音域)のオペラ歌手藤木大地先生のところへ田中君を連れていった。テノール歌手でデビュー後カウンターテナーに声種を変更という経歴をお持ちのこの先生に昨年スタークラシックスアカデミアという講座でお世話になって以来、男声で高音域を歌うことに関してこの方以上に頼れる方はいないだろうと、ぜひ田中君の音域について相談させていただきたいとずっと思っていた。配役決定後に先生に直接連絡を取り、かくかくしかじか事情を説明して頼み込んだところ、岐阜県多治見で行われるご自身のコンサートの、なんと前日リハーサルの合間にレッスンしていただけることになった。クラシック音楽界で現役でご活躍なさっているプロの方にミュージカル部の高校生のミュージカルの歌を見てもらうなんてお門違いだろうかと、レッスン直前になって内心ビクビクしたが、藤木先生は想像以上に親身になってくださる方だった。呼吸法からメンタルから、あの手この手で楽に声を出す方法や表現方法を教えていただき、私も伴奏しながら聞いていて大変勉強になった。高音域を出すことに固執している私達の気持ちを汲んでくださいながら、納得する道を提示してくださった。女声の高音域を出すことは結果としてやはり難しかったが、1時間のレッスンで「私だけに」を「これなら1オクターブ低かろうがエリザベートとして成立する」と十分に思えるところまで引き上げてくださった。藤木先生の仰ったことをまとめると、「高音域を極めれば低音は弱くなり、逆もしかりで、どちらかを鍛えればどちらかは弱くなる。今、田中君が大して高音も低音も出ないならばこれから高音域を訓練する手もあるが、彼は普通の男声の音域がよく出るし、想いを表現する力もあるのだから、今出せる音域で、エリザベートとしての表現を極めていくのが得策ではないか」というお話だった。冷静に考えれば、1オクターブ下で歌うことを推奨していた方々は皆さん同じようなお考えであったと思うのだが、私はそのとき初めて納得した。やれることはやった。聴きなれた高さの音ではない違和感なんて吹き飛ばす良い歌を歌えばいいのだ。もうこれ以上、声が出る出ないに囚われるのはやめて、シシイとしての表現を作っていくことにシフトしようと思った。帰った後、久田先生から「声が低い女の人だっているし、低い声で女らしい歌い方を研究すればいい」と仰っていただき、やっと田中シシイの方向性がはっきりした。夏休みの初めのことである。

そうと決まればもうあとは、高二の子達が中心となってせっせと作品を完成させていくのを適宜手伝うだけである。

今回の演目のお稽古では私は専ら、合唱や重唱といった複数人で歌うナンバーを整えていくというお稽古をしていた。

私が見たところ、コーラスはフランツ役の内田君が本家の音源からハモリを聞き取って、他の子達に口伝で伝えるというのが今期の基本スタイルのようだ。本番が3週間後くらいに迫ったある日のこと、大勢で踊りながら歌うとあるややこしい場面に皆が苦戦していた。「3声のハモリは大変だからここはもうユニゾン(全員主旋律を歌う)にしてしまってもいいのでは」と、内田君の反応を見ながら私は提案してみた。するとすかさずルキーニ役の熱血漢、かつし君が登場し「深みが出ないからハモらなきゃダメ。俺が1人でいちばん下のパートを歌うからお前ら真ん中のパートを歌え」と一喝(笑)。結局ハモリ担当の子達は必死で真ん中のパートを追うことになった。

万事が万事こんな調子で強いこだわりと推進力を持ってお稽古が進められていった。今期の高二のメンバーからエリザベートという演目を思いついたのは(たぶん)顧問の先生。だが今から考えると、ひとりひとりのキャラが主要4役にぴったりはまるということだけでなく、このこだわりが強く妥協を許さないアツさもエリザベートという演目に合うという直感がおありだったのかもしれないと思う。

本番の確か前々日、かつし君がなにやら一生懸命紙に書いている。三色旗のドレスの場面のシシイの着替えがどうしても間に合わない(1幕のシシイはすさまじい早変わりの連続である)ので、その前の場面を数十秒引き延ばすため、東宝版を参考に台詞を増やしているらしい。出来上がった台詞を下の学年の子たちに割り振り、実際にシシイの着替えが間に合うかどうか試してみている。間に合った。得意満面のかつしくん。青春だなあ。

かと思えば、疲れ果ててきている後輩たちを前にフランツ役の内田君が一段高い所から「皆…いま明らかに集中力が落ちてきているから…疲れてるとは思うけど…ここはもう一度気を引き締めよう」とか神妙に呼びかけていて、なんだかフランツみがあった。かつし君が叫ぶよりみんな言うこと聞くじゃん!とか思ったり(笑)。

本番当日、開演直前に藤木先生から田中君への応援メッセージが私に届いた。その日、先生は兵庫県立芸術文化センターで豪華キャストのオペラ「ジュ―リオ・チェーザレ」にご出演なさっている。しかも初日。第一線でご活躍される方は気遣いも一流なのだと感服した。

本番の舞台の感想を具体的に書き始めたらきりがないが、直前の一週間のブランクをぜんぜん感じさせないアツい舞台だった。1回公演目の「私だけに」は涙が出た。今までこの曲を何百回と聴いてきたが、ここまで泣けてきたのは初めてな気がする。

今年の高二の子たちは4人とも、私が「All for One」で初めて指導に入ったときからカヅラカタにいた。約3年半の付き合いである。寂しいものだ。二回公演終演後も、かつしくんはぜんぜん元気で「自分で言うのもなんですけど、今日良かったと思うんですよ!!」と言ってくる。うんうん、すごく良かった。田中君はその横で疲れ果てて虚空を見つめている。シシイと団長の兼任はさぞかし大変だったことでしょう。実は裁判官の声も田中君だ。トート役の森君は、中3でまだ森君が娘役だったときに私が伝えた歌の表現に関する話を覚えていて、トートの歌にもそれを応用したと話してくれた。言ったこちらはすっかり忘れていたというのに。嬉しかった。みんな本当にお疲れ様でした。

今回、エリザベートという歌の多い公演に携わって、歌には心が大切だということを改めて感じた。想いは伝わる。歌のテクニックは、想いを表現するツールに過ぎない。テクニックを磨き続けることはもちろん大事だがそれだけにとらわれず、なんのために歌うのか、何を伝えたいのかといったことを大切にして歌い続けていきたい。まあそう思えるのは、今期の子たちがみんなある程度歌えるからなのだが。

今年度は高二が4人しかいなかったので、高一の子たちも色々と重要な役割を担っていた。それだけ経験値の高い彼らの率いる来期も楽しみだ。今回はどうしても歌にウエイトを置くことになりダンスの基礎練が手薄になっているので、春公演に向けてまた強化していきたい。